











株式会社凪と風
/ KANAGAWA
工藤 駿
Shun Kudo
ART DIRECTOR /
GRAPHIC DESIGNER
ビール、梅酒サワー
3
杯
07
27
MON
Contents

#

柔道ですね。中高が柔道部で、大学もサークルですけどやってました。
きっかけは兄です。2つ上の兄がガタイが良くて力も強くて、柔道部に入ったんですよ。僕はお兄ちゃん子だったので、そのまま後をついていった感じですね。
趣味の話の時に柔道や筋トレも出てましたが、柔道をやるにあたって結構筋トレをしてたんですか?


そうなんです。地元に、柔道をめちゃくちゃ教えてくれる整骨院の先生がいて。学校の部活とは別で、部活が終わった6時ぐらいからその整骨院に行って、7時半ぐらいまでずっと筋トレをしてました。
面白いのが、そこ、普通にお客さんがいる整骨院なんですよ。(笑)
待合室の椅子の下に筋トレグッズが置いてあって、その先生も自分で筋トレしてる。ターミネーターみたいな人で。
整骨院のお客さんの横で筋トレって、めちゃくちゃ面白いですね。(笑)


柔道の強豪校出身の方で、地元では「柔道の先生といったらこの人」というぐらい有名で、いろんな学校に教えに来るんですよ。世話好きの先生で。先輩たちもみんなその人のところに筋トレしに行っていたので、友達と一緒に「ちょっと行こうよ」って。
成長期に合わせた筋肉の付け方とか、柔道の技のかけ方とか、いろいろ教えてくれるんです。その経験がずっと色濃く残っていますね。
柔道って心技体って言いますよね。


そうなんですよ。心と技と体で、心が一番優先順位が高いと言われていて。だから精神力の大切さみたいなものはすごく学んだなと思っていて。
僕自身は全然強くなかったんです。全国に行けるようなレベルでは全くなかった。けど、考え方というか、人生で大切にしなきゃいけない部分、とりあえず継続する力みたいなものは学ばせてもらいました。
でも中高、大学までずっと続けるってすごいですよね。


正直に言うと、好きかと言われたらそんなに好きじゃなかったんですよ。(笑)
兄がやってたからやっただけで。僕はもともと気持ちが文化系なんですよね。でも当時は体育会系じゃないと下に見られる風潮が結構あって、それが嫌で、ちょっと無理してた部分もあると思います。
だから「絶対勝ってやる」みたいな貪欲さは、柔道に対しては特になかったんです。ただ真面目にやっていただけで。あと、田舎って狭いので、途中で辞めると周りにすごく言われるんですよ。逃げる方が怖い。(笑)
先生にもめちゃくちゃお世話になっていたので。
そういうことで辞められないってあるんですね(笑)
試合とかはどうだったんですか?


高2の試合の時に、前の日に夜更かしして遊んでから行って、10秒ぐらいで負けたんですよ。
それで先生にめちゃくちゃ怒られて、「お前そんなんじゃダメだ、だからお前はキャプテンをやらないとダメなんだ」って。
説得されたみたいな感じでキャプテンになっちゃったんです。(笑)
正直やりたくはなかったんですけど、その時のことが今に生きている感じはあるんですよね。そういう経験も一つあって良かったなと思います。

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デザインの方に進んだきっかけって何だったんですか?


実はもともと漫画家になりたかったんですよ。絵を描くのは上手くないんですけど、話を考えるのが好きで。どっちかというと描く方じゃなくて、考える方ですね。
当時ちょうど『バクマン。』が流行っていて、「2人でやる」というのにめちゃくちゃ憧れてたんです。それで大学の時に、絵が上手い友達に描いてもらって、僕が話を考えて、実際にやってたんですよ。
おー、まさに『バクマン。』を再現してますね。


でも全然うまくいかなくて。しかもその子が「俺、写真をやりたいんだ」って言って大学を辞めて、写真の道に行っちゃったんです。
それで「もう漫画は無理じゃん」となって。
なるほど、、そこからデザインの方に進んだんですか。


学部がたまたまデザイン学部だったんです。静岡の大学で、全然有名じゃないんですけど。
デザインなんて全然わからなかったんですけど、とりあえず勉強しておけば手に職がつくかなぐらいの感覚がスタートでした。
というか、そこしか受からなかったんですよ。(笑)
柔道と筋トレしかしてなかったので、成績も下から10番目ぐらいで。多摩美とか武蔵美は絶対無理だと思っていたので受けてもいないですし。
そうだったんですね、すごい元々デザインが好きなイメージがあったので意外でした。
入ってみてどうだったんですか?


正直、デザインに目覚めてからは結構絶望しました。(笑)
周りに熱心に勉強やデザインに向き合っている人が全くいなくて、、さすがに危機感を覚えて。
でも、それが逆に良かったんですよ。ちゃんと真面目にやるやつが僕しかいなかったので、先生が本当に1対1でいろいろ教えてくれる環境だったんです。それはめちゃくちゃ良かったですね。
確かに、1対1で教えてもらえる環境はありがたいですね。


そうなんです。すごく仲良くしてくれて、当たり前かもしれないですけど、デザインのことをちゃんと教えてくれる方で。ただ人気は全然なくて、同じゼミも3、4人しかいなかった。(笑)
だから、ほぼマンツーマンでめちゃくちゃディスられて、怒られてばっかりでしたけど。
それで一回、行きたくなくなっちゃった時期があって。1ヶ月ぐらい引きこもって、ずっとアニメを見てたんですよ。
そしたら同じゼミの先輩が家まで来てくれて、「頑張れよ」「ちょっとやってみなよ」って言ってくれて。そこからまた通うようになったんです。
そしたら、全然できなかったんですけど、「デザイン楽しいな」って思うようになってきて。
課題の中で少し評価してもらえることも増えてきて、そこでやりがいを覚えていった感じですね。
いい先輩ですね。
どういう課題が出るんですか?


一番できなかったのは「今までにない新しい本のあり方を作る」という課題ですね。
あれは難しかった。逆に楽しかったのは、登呂遺跡のロゴを作るという課題とか。
あとZINEですね。就活でアピールできるように「自分の芯をアピールするZINE」を作るというもので、僕はそれを柔道で作りました。

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当時めちゃくちゃハマっていたのが岡本一宣さんなんですよ。分厚い黄色い本があるんですけど、それがめちゃくちゃ好きで見まくってて。
おー、マジすか!岡本さん。
前回の西開地さんも同じく岡本さんでした。(笑)


そうなんですね。(笑)
それで「エディトリアルって楽しいな、いいな」と思って、そのままエディトリアルの会社に入ったんです。
それとは別に、「デザインってすげえな」と思ったのは佐野研二郎さん、水野学さん、佐藤可士和さんあたりですね。
中でも佐野さんが一番明快で、すごくわかりやすい。「デザインってこんなに人の記憶に残る感動を与えられるものなんだ」という、衝撃的な面白さがありました。
あの世代のデザイナーさんはやっぱり影響力ありますよね。
その方達の本もよく読んでました。


今の風潮って、割と複雑でディテールを凝りまくっているものが多いじゃないですか。
それはそれでいいんですけど、あれぐらいまっすぐで、力強いデザインがあんまりない気がするんですよね。
あと佐藤可士和さんは、デザイン・ブランディングというものを一番有名にした方ですよね。ユニクロ、Tポイント、楽天、ヤンマー…。「究極のシンプル」という哲学を大事にして、突き詰めた先にあるものをビジュアル化している、みたいなことを言われていて。それぐらい芯があるデザインというか。
前に一緒に仕事をした方が、元々はユニクロの結構上の方で。
柳井さんが出るような打ち合わせに可士和さんが同席していて、「ユニクロとしてこれはやるべきじゃない」みたいなことを色々判断していたそうなんです。柳井さんもその意見はだいたい尊重されていたと。
あの規模のブランドの事業にそこまで深く関わるって、なかなかできないですよね。


できないですよね。ちゃんとビジネス意識を持ってやれているデザイナーって、数えるぐらいしかいないと思います。

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暮らしの中で気にしていることってありますか?
日頃こういうものを見るようにしている、とか。


それがもう、デザインのことしか見てないんですよ。(笑)
有名なデザイン会社のホームページを見て、最新の実績をひたすら見るぐらいですね。基本的に家にいるので、刺激的なことに出会えているかと言われたら、正直あまり出会えていないです。
お子さんも小さいと中々動けないだろうし、新しい出会いってなかなか難しいですよね。


そうなんですよね。
昔は好きな展示に行きまくってたんですけど、今はもう全然行けてないですね。映画も行きたいけど、家庭の時間も大事にしたいし。
子供が小さいので、あと3、4年待たないと自由には動けないなと。
それはそれで今は大事な時間ですよね。


そうですね。だから今は、第一線で活躍している会社の実績を見ることからインスピレーションを受けていることが多いです。
つまらないですけど、そのぐらいしかないですね。(笑)あとは好きなアニメや漫画は一応見るようにしているので、そういうところからも得られるアイデアはあると思っています。

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やってよかったこと、経験しておいてよかったことはありますか?


やっぱり大学の時のゼミの先輩3人ですね。今はもう全然会っていないんですけど、その3人がめちゃくちゃ仲が良くて、そこに僕が混ぜてもらったみたいな感じで。
あの3人がいなかったら、デザイナーになってないなって思います。
それはその時が楽しかったからということですか?


それもありますし、その先輩たちがすごかったからですね。僕は全然できなかったので。
しかも、僕の大学の同世代って本当に誰もいなかったんですよ。「デザイナーになりたい」みたいな人がマジで一人もいなくて。でも上の世代には結構いたんです。だからその背中を見て、追いかけるみたいな感じで。
身近にそういう憧れというか、「一緒になって頑張りたいな」と思える人たちがいたから、デザインを続けられたんだと思います。
#

本当にデザインって、あんまりセンスじゃないなと思っていて。
もちろんセンスもあるんですけど、どっちかというと、好きであることと、熱量。
それが一番大事なのかなと思っています。デザイナーならデザインに対する熱量だし、他のジャンルだったらそれに対する熱量。
人それぞれ好きなものがあると思うんですけど、それ以上もそれ以下もないなって。
確かに、そうじゃないと続けられないですよね。


そうなんですよ。僕の大学の同期もバッタバッタ辞めていきましたし、社会人2、3年目で辞める人もめちゃくちゃいるじゃないですか。
やっぱり続けて、そこに対する貪欲さというか、自分の好きなものに対して、自分の哲学みたいなものを信じて突き進む。それ以外で上手になったり、自分の中で成長したりというのは、多分ないんじゃないかなと思っていて。そのマインドをなくしちゃった時は、もうおしまいなんじゃないかなと。
とても大事なことですよね。


実は最近、初めて1人アシスタントを採ったんですけど、20歳の子で、たまたま秋田出身で。
就職がなかなか決まらなくて、「やる気はあるみたいだから、ちょっと話を聞いてみない?」と言われて会ったんです。
その時に「本当に熱量でしか僕は見ないから」って最初に伝えたんですよ。
デザインは全然わかっていなかったんですけど、今は毎日頑張ってて。SNSに毎日作字を上げていて、もう60何日目とかになるのかな。フォロワーも130人ぐらい増えて、100いいねとかついたりしていて。それがモチベーションになって、ちゃんと感じてくれているんですよね。
採用を決める前に課題をめちゃくちゃ出したんですけど、結構な量を出したのに全部ちゃんと打ち返してきたんです。
だからその精神がやっぱり大事だなと。正直、最初のポートフォリオを見た時はそこまでな感じもあったんですけど、今はめちゃくちゃ成長してます。

#

夜7時以降は仕事をしないですね。連絡も、何かあった時は見ますけど、最近はほとんど大丈夫かなという感じです。
そうなんですね、家族の時間を大事にしているということですよね。
デザイン面ではどうですか?こういうデザインはしない、とか。


「こういうデザインはしない」というのは、あんまり考えたことがないですね。
デザインはクライアントさんの考えやイメージを伝えるものですし、「こういうのは間違ってる」みたいな感覚があまりなくて。
こういう案件は受けないとか、断るようなことも特にないですか?


そうですね、今のところそういう案件はないですね。ありがたい案件をもらえているんだと思います。
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今までの仕事で、辛かったことはありますか?


自分がやらかしたことも含めて3つあるんですけど、その中のナンバースリーが──。
7、8年前ですかね。家族経営で30年ぐらい続いていた、地方の老舗メーカーさんの仕事だったんです。
先代の社長が亡くなられて、息子さん2人が引き継ぐことになって。お兄さんが30歳ぐらいで社会人経験もあって、弟さんはまだ社会人一年目とか。当然お兄さんの方がキャリアもあるので、お兄さんが継いで経営を立て直すという話だったんですよ。
知り合いづてで紹介してもらって、そのお兄さんと一緒に仕事をさせてもらっていました。いろいろ大変でしたけど、コミュニケーションもうまく取れていて。代替わりのタイミングでリブランディングをするということで、ロゴだったり、Webだったり、本当にあらゆることを任せてもらえるようになったんです。
サイトもできて、これから設備も改装しなきゃいけないし、お兄さんの一念発起でいろんなことを変えていこう、というところまで来ていて。
おー、それはすごくやりがいのある案件ですね。


そうなんですよ。
でも、クーデターが起きたんです。
それなりに人数がいる会社だったので派閥があって。先代の側近だった年配の取締役の方々が、お兄さんのやり方をよく思っていなかったんですね。
それで弟さんを担いで、弟さんもそれに乗って、お兄さんを引きずり下ろしたんです。
それに実は、お兄さんが株を全く持っていなかったんです。
ちょっと複雑な家庭の事情もあって、株は全部弟さんが持っていたんです。だからお兄さんは雇われ社長みたいな立場だった。
それはきついですね。。。
小説やドラマのような流れの話ですね。


僕もびっくりしました。
で、僕もそのお兄さんと一緒にやっていたので、途中で切られてしまって。
もう全部進んでいたのに、そこで終わりました。しかも、それまでやっていた分のお金も一部しかもらえなかったんで。今まででかなりきつかったですね。

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デザインしていて一番楽しい時って、どんな時ですか?


全体を俯瞰して見た時に、筋が通ったものができたなと思えた時ですね。「うわ、いいもの作り上げられたな」という感覚になった時は、めちゃくちゃ嬉しいです。
それはコンセプトと表現がということですか?


そうですね。コンセプトからロゴまで含めて、ちゃんと一貫性のあるものが作れたなと思った時は、「いい仕事したな」と思います。
全部が出来上がった時に、見てみて「しっかり繋がったな」と。
あとは、それを第三者が見た時に、自分がちゃんと作ったものを理解してもらえたなと感じた時ですね。そこまでいくと「成功したな、いいもの作れたのかな」と思えます。
自分が作ったものが少しでも周りの世界に響いたのかな、みたいな感覚ですよね。


まさにそこですね。
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逆に、最近ちょっと迷っていることはありますか?


AIですね。やっぱり怖いです。みんな多少はそうなってると思うんですけど。
しかも僕、法人化したばっかりなんですよ。だから後がないというか、まあ会社を閉じればいいだけなんですけど、始めたばっかりなのでもう前に進むしかないなと思っていて。子供もまだ小さいですし。
AIはまさに今みんなそこですよね。。
AIは使われてますか?


あまりこなせてはいないですけど、人並みに使うぐらいですね。それでコードを書くとか、全然できていないですし。相談するくらいで、実務でめちゃくちゃ使いこなせている感覚はないので、それはちゃんとできるようにならないといけないとは思っています。
AIには助かっている部分もあるんですけど、普通のクライアント案件が減っていく心配はありますよね。そうなる前に活路を見出さないといけないなと思っています。

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AIのこともありますが、これからやっていきたいことなどありますか?


一応あって。もともと「KOTORI LETTER」というレターセットを作っているんですよ。「言葉をお守りにする」というコンセプトのプロダクトなんですけど。
僕自身、経験談としてそういうことがあって。辛い時とかに、大切な人からもらった言葉を思い出すと、励まされたり、その人を身近に感じられたりするんですよね。そういう大事な存在を「お守り」にすることで、より価値を高められると思っていて。
概念としてある「言葉をお守りに」という考え方を、具体としてプロダクトに落とし込むと結構共感してもらえたので、その概念をちゃんと魅力的なデザインに合わせてアウトプットしていきたいなと思っています。
サイトで見ました、前からやられているんですよね。


やってはいるんですけど、全然それが活動としてできていなくて。子供が生まれる前は、デザフェスとかマルシェとかに結構出ていたんですよ。
文具の市場って結構でかいんですよね。文具女子博みたいなイベントがあるんですけど、そういうところは本当に人が来る。ちゃんとファンがつきそうな市場なので、そこもちゃんと突き詰めたいなと。アシスタントも入れたので、そろそろちゃんと出して、運用もしていかないといけないなと思っています。
何か新しい展開を狙っているという感じなんですか?


実は最近、ライバーって結構可能性があるなと思うんですよ。
サッカーとか野球とか、人間にしかできないエンターテインメントってあるじゃないですか。その人の魅力的な個性や生活みたいなものを、ライブ配信で出している。僕は全然見ないんですけど、そこはこれからやりがいがありそうだなと思っていて。妻がライバーでずっとそこに関わっていたので、その後押しもあります。
しかも、さっきの「言葉をお守りに」と掛け合わせると結構面白いんですよ。推し活って、自分が崇拝する人から言葉をもらってめちゃくちゃ嬉しくなる、しかもそれをお守りとして持っている、みたいな感覚じゃないですか。
だからライバーの方のグッズやWebのデザインを僕がやることで、サポートもできるし、掛け合わせもできる。
AIの時代だからこそ、逆に人の魅力に振れていくということですね。


そうなんですよ。AIとか、人にしかできないアナログ的なものみたいな話が極端になってくるじゃないですか。その時に、人の言葉でしか発せられないものってあると思っていて。
自分の大切な人からもらう言葉と、AIからもらう言葉の価値って、やっぱり全然違うんですよね。人にしかできないことなので、そこを大事にする。AIを使いこなすという側面ではなくて、AIじゃできない人間味のあることを追求する。そこをちょっと水面下で動かしています。
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とても誠実で、ストイックな印象を受ける工藤さん。
以前から気になっていた作品が、今回のSDAをきっかけに「これも工藤さんだったんだ」と知れたことが、今回お声がけをさせていただいたきっかけでした。
お話をお伺いしたのは、工藤さんが運営会社のサイトを手がけられたという系列店のお店。
柔道では練習も筋トレも毎日欠かさず真面目にこなしていたけれど、そんなに強くはなかった。というお話には、工藤さんの穏やかな優しさが関係しているのかなと思いつつ、それでも続けてきたからこその芯の強さを感じました。
そして今回特に盛り上がったのは、仕事とはまったく関係なく、お互いに「BUMP OF CHICKEN」が大好きだったということ。
蘇る学生時代の思い出や好きな曲の話で、もうそれだけで今日が終わってしまうんじゃないかと思うくらい、楽しい時間を過ごさせてもらいました。
好きなことが同じだった時はシンプルに嬉しいし、感覚の近さと一緒に、一気に親近感が湧いてきます。
「好きなこと」を聞くことは、その人を知るための重要なポイントなんだなと、改めて感じた時間でもありました。
これからの自社プロダクト「KOTORI LETTER」の展開も含めて、工藤さんの次の作品がまた楽しみになる、そんな夜でした。
その「好き」が
その人をつくってる。
Love
01
アニメ・漫画
家庭を持ってからはあまり時間が割けていないんですけど、アニメと漫画がめちゃくちゃ好きで、ちょいちょい見てますね。
秋田出身なんですけど、テレビ局が全然映らなかったんですよ。フジテレビとテレビ朝日ぐらいしか映らなくて、深夜アニメが見られる環境じゃなかった。それが大学で静岡に行って、初めてパソコンとインターネットが使えるようになって、そこでアニメを見始めたら「めちゃくちゃ面白いな」って。大学一年生の頃は本当にアニメしか見てなかったです。(笑)
Love
02
焼肉
もう間違いなく焼肉です。とりあえず肉、みたいな。
高校時代のお昼のお弁当も、毎日ご飯の上にお肉が乗ってました。柔道をやっていたので「筋肉つけないと」と思って、母親に「とりあえず肉を入れてくれ」って言って、毎日肉を食べてました。体には良くなかったと思うんですけど。(笑)
Love
05
BUMP OF CHICKEN
もう全部昔の話になっちゃうんですけど、BUMP OF CHICKENにはめちゃくちゃ影響を受けました。一番最初に好きになった曲は「カルマ」です。
藤原基央さんの歌詞って、物語性を感じて引き込まれるんですよね。僕はアニメや漫画が好きだったので、ちょうどめちゃくちゃくすぐられて。僕の人生に一番影響を与えたアーティストですね。ただ、秋田にはライブが来ないんですよ。僕がいた頃は一度も来たことがなくて、結局一回もライブに行けなかった。「もうバンプに縁がないんだな」と思ってました。(笑)
Love
06
筑紫書体
最近使うのは、やっぱり筑紫系ですね。筑紫ゴシックをめっちゃ使います。「とりあえず筑紫を使っとけばいいや」ぐらいの感じで使ってました。綺麗だし、なんというか人間味というか、情緒があるんですよね。
一番最初に会社でやっていた頃はリュウミンとか、いわゆるメジャーなモリサワの書体を使っていたんですけど、最近は全然使わなくなっちゃいましたね。あと、この前初めて新聞系の明朝体(本明朝)を使ったんですけど、あれは味わいがあって面白いなという記憶があります。
Love
07
黒
デザインする際は色々なカラーを使いますけど、日常生活で何かを買おうとなった時、基本、黒なんですよ。
だって一番かっこいいじゃないですか。食器も黒ですし、家具を買おうかなと思って選ぶとしたら真っ黒。家に置いてあるものはもう、ほぼモノクロですね。白か、クールグレーか、黒か。
Love
08
都会(四谷三丁目)
秋田はめちゃくちゃ田舎で、大学も静岡で、都会と言えないぐらいの都会。ずっとフラストレーションがあったんですよ。だから僕は都会が好きですね。
卒業して初めて都内に住んだのが四谷三丁目でした。職場が外苑前だったので、歩いて30分ぐらいで、最悪終電を逃しても歩いて帰れるからという理由で選んだだけなんですけど。ビジネス街のイメージがある一方で、荒木町のような昔ながらの飲み屋街もあって、割とエモーショナルな雰囲気があるんですよ。
その後、いろいろ住みましたけど、やっぱり四谷三丁目が一番楽しかった。新宿まで歩いて30分ぐらいで行けるし、一番刺激的でしたね。今はもう物価が高すぎて住めないですけど。(笑)
Love
10
明日やろうは馬鹿野郎
全然大した言葉じゃないんですけど、ずっと大事にしているのは「明日やろうは馬鹿野郎」です。
大学の時、課題に追われていたのに全然できていなくて、友達が家に来た時に「明日やろうは馬鹿野郎だぞ」ってよく言われてたんですよ。ドラマの『プロポーズ大作戦』の言葉らしくて、当時その子がハマってたみたいなんですけど。(笑)
でも本当にそうで、明日やろうと思ったやつはやらない。後悔するなと。やりたいことは今やれ、今を生きろ、という。シンプルですけど、絶対に大事だと思っています。